Fwd: Between War and Media (J)

Ono Seiko and Aaron Gerow onogerow at angel.ne.jp
Tue Mar 5 09:42:11 EST 2002


Here's the Japanese announcement for the War and Media symposium taking 
place at the end of the month.  I'll put together an English announcement 
by next week and send it to the list.

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【ご案内】

 <<日仏会館主催 2001年度 国際シンポジウム>>
      Between War and Media
       集中討議:戦争とメディア
                        ご案内
 
 この度、日仏会館では、国際交流基金の助成を受け、東
京大学社会情報研究所との協力のもとで、国際シンポジウ
ム "Between War and Media (集中討議:戦争とメディア)"
を、3月25日から27日までの3日間にわたって開催します。
 この国際シンポジウムは、本会館の実行委員会が2年近
く前から準備を進めてきたものですが、昨年9月11日の出来
事が発生したために、当初は12月に予定していたシンポジ
ウムを本年3月末に延期し、シンポジウムのプランを、20世
紀への歴史的なパースペクティヴを保持しながらも、9月11
日の事件以降の世界情勢のなかで戦争とメディアの関係を
深く問い返すものへと組みなおすこととなりました。
 私たちとしては、こうした問題に関心をお持ちの専門研究
者や若手研究者、大学院生、大学生など、できるだけ多くの
方々にご来場いただき、有意義な討論を実現させたいと願っ
ています。ご多忙とは存じますが、多くの方々のご来場をお
待ちしております。なお、疑問の点や問い合わせなどござい
ましたら、下記の問い合わせ先までご一報ください。

問い合わせ先:
日仏会館事務局 林春郎   
〒150‐0013 東京都渋谷区恵比寿3‐9‐25
TEL 03-5421-7641,  FAX 03-5421-7651,
e-mail: h.hayashi at mfj.gr.jp

東京大学社会情報研究所 
吉見俊哉研究室 山本拓司
TEL 03-5841-5920,  FAX 03-3811-5970,
e-mail: taku at isics.u-tokyo.ac.jp

 なお、3日間に及ぶ討議に先立って、3月25日の午後に
は、9・11報道とその後のアフガニスタン報道、今日のメデ
ィアのありかたをジャーナリズムやドキュメンタリー制作の
現場から問うワークショップも準備されています。また、セ
ッションの合間には、会議のテーマに関連の深い映像作
品の上映や、東京大学社会情報研究所が所蔵する戦時
宣伝資料の公開も予定しています。さらに、戦争の記憶を
テーマにした作品を一貫して制作して来られたアーティスト、
岡部昌生氏の作品を、3月20日より30日まで日仏会館入
口のエントランスホールに展示いたします。この展覧会の
オープニングの20日午後6時より、「記憶のフロッタージュ」
と題して岡部氏と港千尋氏のトークを予定しております。

     日仏会館 フランス学長 ピエール・スイリ
     日仏会館 戦争とメディアシンポジウム実行委員会


                  記

とき   2002年3月25日〜27日

ところ  日仏会館ホール

主催  日仏会館 戦争とメディアシンポジウム実行委員会

共催  東京大学社会情報研究所

助成   国際交流基金 在日フランス大使館

開 催 主 旨
 20世紀は戦争の世紀であった。2つの世界大戦からベトナ
ム戦争や世紀末の湾岸戦争に至るまで、戦争は20世紀と
いう時代を縁取る輪郭をなしてきた。そして、映画やラジオ、
ポスターや新聞の写真報道からテレビ、近年の衛星通信や
インターネット、湾岸戦争での情報の徹底した操作まで、戦
争をめぐるこの世紀の欲望や意識、記憶は、同時代のメディ
アと広く、深く結びついてきた。他方、メディアの側からみて
も、20世紀におけるメディアの発達にとって戦争は革命的な
契機をなしてきた。メディアの世紀としての20世紀と戦争の
世紀としての20世紀は、相互に不可分に絡まり合ってきた
のである。
 振り返るなら、そもそも20世紀は、19世紀の限定戦争モデ
ルを覆した総力戦=第1次世界大戦によってはじめて幕を開
けた。総力戦という戦争形式は、国民国家の社会編成を根
本的に転換させることになった。そして、この総力戦のシステ
ムによって徹底的に遂行された第2次世界大戦とそこでのホ
ロコーストは、文明に対する根底的確信すら崩壊させるような、
人類始まって以来の自己破壊をもたらした。
 戦後もまた、「過剰な死」の可能性を蓄積した冷戦下での
核の均衡、ポストコロニアル状況における無数の非正規的
ゲリラ戦から、死をスクリーン上のブリッツの消去へと縮減し
た湾岸戦争、「純粋な戦争」の観念をはじめて実現したかの
ように語られたコソヴォ空爆まで、戦争は20世紀後半を通じ
ても成長し続けてきた。その道程の一つ一つにメディアは深
く関与し、逆に戦争のメタモルフォーゼに深く規定されながら
増殖もし続けてきた。
 そして今、わたしたちは、そうした戦争とメディアが結合し
た究極的な形態を、21 世紀のとば口で目撃している。いや、
すでにわたしたちはその「戦時下の人びと」となっているの
かもしれない。2001年9月11日の出来事に端を発し、現在、
「アフガン報復戦争」の成り行きを、大方の人びとは、CNN
やアルジャジーラなどのトランスナショナルな衛星メディアを
介することで知っているし、またそうすることではじめてこの
「戦争」について表象できている。それどころか、そもそも9
月11日の出来事は、最初からテレビカメラに撮られることを
前提に計画され、「演出」されていた。すべてがメディアの
中にありながら、数千人の命が一瞬のうちに失われたのだ。
メディアはますます、わたしたちの世界認識の本質的な構
成条件となっている。他方、戦争は、つねに異様な出来事
として、わたしたちを新たな認識と知覚の地平に引きずり
出してしまう。だがこの知覚の地平そのものに、メディアは
ますます不可避的にかかわるようになっているのだ。
 それだけではない。世界貿易センタービルに対する攻撃
の後、瓦礫の山と化した現場を中心にして、ある弔いの形
が広がってきた。マンハッタンは突然「戦場」として語られ
はじめ、そこでの死者たちはアメリカの無垢な死者として、
英雄的な戦死者として、無数の星条旗に飾りたてられて
いる。高層ビルに突入する航空機の映像は、かつてのケ
ネディ狙撃やチャレンジャー号爆発事故のシーンと同じよ
うに、いやそれらを凌駕する緊張度において、アメリカの記
憶、ナショナルな図像となった。肉親や恋人を失った人び
との真正な悲しみと、それをナショナルな顕彰記念行為の
技法へと水路づけようとする作用とがせめぎ合い、そこに
出来事のパブリック・メモリーが作られようとしている。しか
し、そうした喪のかたちが、同時にまた、別の死者たちに
対する深い文化的忘却ともなるということに、人びとはどれ
だけ細心でいられるだろうか。
 このような問題意識をもってわたしたちは、来る2001年3
月25日から27日までの3日間、「Between War and Media
(集中討議:戦争とメディア)」と題する国際会議を日仏会館
において開催し、戦争とメディアの関係を歴史的、視覚的、
批判的、そして今日的に解明することを企てた。
 本会議は、2001年9月11日の出来事以降の状況を踏まえ
た視座から20世紀における戦争とメディアの関係を問い直し、
それを3日間の議論の出発点とすべく、コロンビア大学の歴
史家、キャロル・グラック氏の基調講演でスタートする。
 続いて、4つのセッションを設定している。第1セッションは、
「映像の戦争/戦争の映像」と題し、装置としての映像メデ
ィアと出来事としての戦争の入り組んだ関係を歴史的な視
座から再検討する。第2セッションの「記憶のメディア/戦場
の語り」では、戦争と集合的記憶、その媒介としてのメディア
に焦点をあてる。第3セッションは、「メディアの危機から対抗
的メディアへ」と題し、ナショナリズムとジェンダー、戦争や紛
争が絡まりあう今日の状況下でのメディアの危機の深さを測
定し、あわせてそこにある希望を考えたい。そして第4セッシ
ョン「戦争とメディアのあいだ」は、基調講演で提示された問
いが、それぞれのセッションでどのように解明されたのかを振
り返り、暫定的な結論を提示していきたい。全体として、第1
日の基調講演を受けて、第2日の2つのセッションでは、歴史
的な展望のなかで20世紀における戦争とメディアを捉え直し、
第3日の2つのセッションでは、現在の視点からその問いを
深めていくことを目指している。 


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プ ロ グ ラ ム (同時通訳付)

第1日 2002年3月25日(月)

18:00 〜 20:30
基調講演  キャロル・グラック(コロンビア大学)
「この像のどこがおかしい?20世紀と21世紀の戦争とメディア」
″What's Wrong with This Picture?: War and Media in the
  20th and 21st Centuries″

司会 ピエール・スイリ


第2日 2002年3月26日(火)

10:00 〜 13:00
セッション1 「映像の戦争/戦争の映像」

報告1 生井英考(共立女子大学)
「災厄の映像:写真・トラウマ・戦争」

報告2 エレーヌ・ピュイズー(フランス国立高等研究所)
「テレビの日常的な映像からイマジネールなものの生成へ:
湾岸戦争と9・11テロにより始まった紛争を例に」

報告3 アーロン・ジェロー(横浜国立大学)
「戦ふ観客:大東亜共栄圏の日本映画と受容の問題」

司会 成田龍一(日本女子大学)

                 概 要
 20世紀は映像の時代であり、戦争は銃だけでなく映像に
よって争われてきた。プロパガンダ映画から軍部によるテレ
ビニュースの報道規制までにおいて、何をいかに見せるか
が、国内外における人々の信頼の獲得や、国民と兵隊、味
方と敵を形成する戦いの中心的な要素となっている。このセ
ッションは戦争とその暴力が映像においていかに表象されて
いるかを問うだけでなく、メディアが装置の分節化のレベルに
おいても、いかにして戦争の映像の生産・配信・受容のあり
かたを変えてきたかという問題をも追究する。

15:00 〜 18:00
セッション2 「記憶のメディア 戦場の語り」

報告1 木下直之(東京大学)
「先の戦争の中の先の戦争の記憶」

報告2 ベアトリス・フルーリ=ヴィラット(ナンシー大学)
タイトル未定

報告3 ジャック・ワルテール(メッス大学)
「ナチ強制収容所・絶滅収容所の証拠写真:今日の論
争の焦点」

報告3 マリタ・スターケン(南カルフォルニア大学)
「テロルの記憶:オクラホマシティとニューヨークにおけるアメリ
カのメモリアル化」

司会 岩崎 稔(東京外国語大学)

                  概 要
 このセッションでは、解読が容易ではない戦争の記憶を
解明する。戦争が生み出した憎悪の記憶、痛みの記憶、
凍てついた記憶は、長い年月にわたってゆがみ、ねじくれ、
抑圧され、およそ言語化されない傷痕やブランクとして、人
びとの時間性に取り憑く。このテーマをめぐる3報告のうち、
まずは東京大学の木下直之氏が問題を歴史的に遡及し、
20世紀の戦争のなかで先行する日露戦争や日清戦争の
記憶がいかに形成され、活用されたのかを明らかにする。
ついでナンシー大学のベアトリス・フルーリ=ヴィラット氏が、
アルジェリア戦争をめぐり、植民地主義の暴圧と解放戦争
の記憶がその後メディアのなかでどのように構成されてき
たのかを論ずる。そして、この2つの先行例を背景にしなが
ら、さらに9月11日以後の状況を参照しつつ、メディアにお
ける集合的記憶のメカニズムを掘り下げる作業を、南カリフ
ォルニア大学のマリタ・スターケン氏が引き取ることになろう。

第3日 2002年3月27日(水)

10:00 〜 13:00
セッション3 「メディアの危機から対抗的メディアへ」

報告1 米山リサ(カルフォルニア大学サンディエゴ校)
「メディアとしての記念碑と廃墟」

報告2 テッサ・モリス=スズキ(オーストラリア国立大学)
「テロルの時代のバーチャルな平和運動:マウスはミサイル
より強いか」

報告3 北原 恵(甲南大学)
タイトル未定

司会 吉見俊哉(東京大学)

                  概 要
 初日、第2日の議論を通じ、戦争が20世紀を通じていかにメデ
ィアとともにあり、またメディアを通じて表象されてきたかが示さ
れてきた。20世紀を通じ、メディアは単に戦争を外側から記録し、
報道していたのではない。むしろメディアは戦争の一部となり、戦
争を定義し、表象し、その記憶と様々な再演を媒介してきた。こ
のセッションでは、前日のセッションでの歴史的な展望を受けて、
現在の視点から問題を捉え返し、今日のメディアや諸々のメディ
ア表現における戦争の表象化の問題を、従軍慰安婦問題や性暴
力、天皇の戦争責任、戦争表象におけるジェンダーと帝国/植民
地、メディアのグローバル化とテロリズム、そのなかでのメディアの
危機と可能性をめぐり、現在からの問いと歴史的な展望を交差さ
せながら議論していきたい。

15:00 〜 18:00
セッション4 総括討論「戦争とメディアのあいだ」  

司会 岩崎稔・吉見俊哉

パネリスト  
セバスチャン・コンラート(ベルリン自由大学)
姜尚中(東京大学)
キャロル・グラック
エレーヌ・ピュイズー
テッサ・モリス−スズキ
ベアトリス・フルーリ=ヴィラット
マリタ・スターケン
アーロン・ジェロー
成田龍一    他

                概 要
 3日間を通じて出てきた問題を総合的に討論する。まず、
ベルリン自由大学のセバスチャン・コンラート氏が、各セッシ
ョンで出てきた論点を整理する役を引き受ける。それをもと
に、基調報告者と3つのセッションの代表が、再度問題の
展開と総括を試みる。それらを通じて、たとえば次のような
課題に対する暫定的な結論を提示していきたい。(1)戦争
の世紀としての20世紀と、メディアの世紀としての20世紀
の複雑な絡まりあいを、欧米とアジアの両方を視野に入れ
つつ、しかもプロパガンダ、映像、記憶、記念碑など、一連
のメディア装置の特殊性に即して適切に位置づけること。
(2)日本軍のアジア侵略、従軍慰安婦問題、天皇裕仁の
戦争責任、また朝鮮戦争からベトナム戦争までのアジア内
戦とアメリカの支配まで、これらに関連する一連の戦争の語
りが抱えている諸問題を、ポスト冷戦期の現在の視点から
適切に位置づけること。(3)9月11日の攻撃以後の状況認
識に基づきつつ、現在の戦争とメディアの関係がいかなる
段階にあり、どのような逃走、抵抗、対抗の可能性がありう
るのかについてのクリティカルな展望を適切に提示すること。






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